2026/02/28 10:27

私は信仰心の低い方ですが、学問としての宗教にはとても興味があります。

そこで、今日は2025年の秋に比叡山延暦寺にお参りに行った際のお話です。
境内で案内をされていた僧侶の方に、仏教のお話をいろいろと伺う機会があり、その中の一つに「仏様のご飯は“香り”です」というお話がありました。

仏様は私たちのように物質的な食事をとる存在ではなく  ”香り” が食事であり、だからこそ線香をあげ、花や果物など香りの良いものをお供えするのだと教えていただきました。

その話を聞いたとき、私は以前旅したネパール・カトマンズのことを思い出しました。
カトマンズはヒンドゥー教と仏教が深く結びついた信仰文化を持つ町で、至るところに寺院があり、町全体が祈りの空気に包まれています。
そして、お香や花、果物の香りが街中に満ちていました。

同じくタイも上座部仏教の国であり、日常生活の中に祈りが息づき、お香や花、果物などの香りが身近なものとして存在しています。
人々の暮らしの中に香りがあり、それは信仰と切り離せないものとなっています。

私はそれまで、お香や花や果物は「供物」だと理解していました。
しかし比叡山でのお話を聞いたとき、「ああ、あの香りは仏様の“食事”だったのか」と初めて腑に落ちたのです。
形あるものを供えているのではなく、そこから立ちのぼる香りを供えていたのだと気づきました。

比叡山での一言によって、過去の体験が意味を持った瞬間でした。
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比叡山でのお話の余談ですが、お仏壇にご飯をお供えするときは、まだほぐす前の炊き立てご飯の中心部分をよそってお供えするのがよいのだそうです。
なぜなら、そこがいちばん香りが立つため、仏さまにとってご馳走なのだと教えていただきました。